相談員・促進員のひとり言【第１２５号】 宮﨑 博喜 相談員 |
パワハラ加害者にならないために管理職に伝えたいこと はじめに 管理職とは、組織（会社）が事業活動をより良く行う為に、ヒト、モノ、カネ、情報といった経営資源を預かる存在である。また、管理職は部下のモチベーション（やる気）を引き出し、ビジネス・パーソンとしての成長を促す責任を担っている。したがって、部下がモチベーションを失ってプレゼンティーズム（出勤はするが怠けて働いている状態）に陥ったり、休職、あるいは退職してしまった場合には、管理職の責任が問われる可能性がある。近年、「ハラスメント」という概念が広く普及し、定着した。管理職の部下に対する指導は、部下がそれをどのように受け止めるかにより、「指導」にも「ハラスメント」にもなりうるものであり、両者は紙一重である。今日、すべての管理職が部下から「パワハラ（パワー・ハラスメント）だ」と訴えられるリスクに直面していると言っても過言でなく、必要な対策を取る事は、喫緊の課題である。本稿では、部下の指導のために行った言動が、「パワハラだ」と誤解されることのないように、管理職へ部下とのコミュニケーションに関する提言を行いたい。
第１の提言：部下に敬語を使う パワハラは明らかな上下関係を背景として生じるが、多くの場合、「パワハラだ」と訴えられる上司には、部下に嫌がらせをするという意図はない。しかし、相性の悪さやそれに起因するコミュニケーション不足などの要素が積み重なり、ある日、感情にまかせた心無い一言を発してしまい、そのことが契機となって、「パワハラだ」と訴えられることになる。このような事態を防ぐ上で役に立つのが敬語である。敬語には、話し手と聞き手の両者に対して、ハラスメント発生に対する抑制効果が働く。管理職が丁寧な言葉を部下に使い、部下を呼び捨てにせず「君」や「さん」をつけて名前を呼ぶことは、上司自身にとっても自らに「謙虚さ」や「礼節」を常に自覚させることにつながる。また、部下にとっては、自分が大切に扱われている、という保護された感覚、安心感を得ることができるだろう。無論、心のこもらぬ上辺だけの敬語は不快感を相手に抱かせることになり、逆効果である。したがって、管理職が部下に敬語を使う際、その根底には、年齢やキャリア、職種、職位に関わらず、人間としては対等であるという意識がなければならない。「心が変われば行動が変わる、行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。（ウイリアム・ジェームズ 米国の哲学者）」という有名な言葉があるが、言葉遣いや話し方を意図的に変える事により、その人の内面が変わる事もまた真実である。
第２の提言：怒るのをやめる 「怒り」は、雷のように突然心の中に現れる感情のように感じるが、実はそうではない。怒りは元となる一次感情の上に芽生えた二番目の感情（二次感情）である。一次感情には、悲しい、不安だ、怖い、さびしい、辛い、絶望的、というものがある。したがって、怒りを感じた時には、「ああ自分は怒っているな。この怒りはどんな一次感情の上に芽生えたのだろう？」と自問し、該当する一次感情を相手に伝えるのが良い。また、相手を主語にし、「あなたは～だ」と伝えることをYouメッセージといい、自分を主語にし「私は～だ」と伝えることをIメッセージという。Youメッセージは、話し手が聞き手に向かって評価するような意味合いがあり、対等なメッセージになりにくい。また、断定的な響きと、相手を責めるようなニュアンスがあるため、相手を批判したい時に用いると、反発を受けやすく、ハラスメントと感じられやすい。一方、Iメッセージには相手と対等な関係性にあることを示す作用があり、相手の心に届きやすく、長く残りやすいことから、褒める時にも叱る時にも有効である。自分の感情を率直に伝えることには、相手の感情を揺さぶる力があり、相手に行動変容を促す際にも役に立つ。
第３の提言：上手に叱る 「叱る」と類似した言葉に「怒る（おこる）」がある。両者の相違点は怒りの感情が込められているかいないかである。怖い顔をして、語気荒く、大きな声を出して伝えることが「怒る（おこる）」ことであり、穏やかな優しい表情の下、丁寧な言葉と静かな声で伝えることが「叱る」ことである。「叱る」際に重要なことは、「罪を憎んで人を憎まないこと」すなわち、行為のみを否定して、その人の人間性を否定しないことである。具体的には、客観的事実と、それに対する自分の感情をIメッセージで伝えるのが良い。同時に、相手の言い分を良く聴く（言葉だけではなく想いも受け止める）ことも重要である。相手を批判する時には、その内容が建設的になるように注意することが大切である。そのためには、具体的な改善策を一緒に考える姿勢を示すことが必要になる。伝え方にも工夫を施して、本人が納得できるような流れで話をすることが望ましい。すなわち、改善して欲しい事を単刀直入に伝えるのではなく、まず、その部下の事をじっくりと褒め、その後に改善点を伝えるのが正しい方法である。コミュニケーションにおいては、「何が伝えられるか」以前に、「誰が」、「どのように」伝えているかが受け手にとって大きな影響を与えることから、日頃から部下と積極的にコミュニケーションを取り、良好な関係性を築いておくことや、部下の全員を公平に扱うことも重要となってくる。
第４の提言：部下に「期待値」を伝える 期待値とはその人に求められている水準のことである。自らに対する周囲からの期待値を正しく理解していないと、部下は、できなくて当然の事をできない事で落ち込んだり、実際はできているのに、できていないと思ったり、まだ改善する余地があるのに、現状に満足してしまう等の行動を取る事になる。したがって、管理職が部下に期待値を定期的に伝え、これを正しく理解させることは、部下の成長にとって欠かせないことだと言える。また、この期待値の概念は、上司からだけでなく、顧客からのものについても考えることが重要である。たとえば、顧客対応において、顧客の期待値通りの対応をすれば、型通りに感謝され、現状を維持することができるだろう。しかし、顧客の期待値を下回る対応をした時には、顧客から叱責やクレームなどが生じ、仕事が減少してしまう可能性がある。逆に、顧客の期待値を上回る対応を提供すれば、顧客の感動を呼び、リピーターになって頂けるとともに、新規顧客を紹介して頂けるなど、生産性を向上させられるかもしれない。
第５の提言：部下と雑談する 職場での「雑談」は意味のない、生産性を低下させる無益な行為と捉えられがちだが、そうではない。雑談は高度に知的な活動であり、一説によると、人工知能が最後まで人間に敵わない行動であり、高齢者においては認知症の予防にも有用なことと認識されている。また、雑談にはその人のものの考え方や人間性が垣間見られるものであり、管理職が部下のひととなりを把握するための好機となる。管理職が部下と雑談をする際に心がけたい事として①自己開示、②三無主義、③笑顔の三つのキーワードが挙げられる。①自己開示とは、自分はこういう人間です、と自らに関する情報を相手に提供する事である。人間には他人から何らかの施しを受けた際、お返しをしなくてはならないという心理になる「返報性の原理」があり、一方が自己開示を行うと、相手もこれに応じ、お互いの理解が著しく進むことがある。ただし、自己開示に対するスタンスについては個人差が非常に大きく、自己開示に対して拒否的な人もいるため注意が必要である。自己開示したくない人に自己開示を迫る事は、個の侵害（ハラスメントの一種）と受け取られる危険性があり気を付けたい。②三無主義とは、批判しない、議論しない、何故と問わないことである。さらに、③笑顔を向けることで、相手から不安や脅威を取り除き、勇気づけることが可能となる他、笑顔を作る事で自らの思考も柔軟になり、視野が広がる。このように「笑顔」には、相手に対しても、自分に対しても有益な作用をもたらす効果が認められる。
まとめ 以上、部下への指導に際して「パワハラだ」と訴えられることのないように、管理職に心がけて欲しいコミュニケーション技術に関する提言を行った。より良い人間関係を構築するためには、「相手を敬う」、「相手の役に立つ」、「相手から学ぶ」の３つが重要である。敬語を適切に使うことや、怒りを自制することは部下を敬うことに通じる。必要な時に、部下を優しく叱ることや、部下への期待値を定期的に伝えることは部下の成長を促すこと、すなわち部下の役に立つことに繋がる。管理職は部下と積極的に雑談を行うことにより、部下から多くの事を学ぶことができる。部下あっての管理職である。すべての管理職は、管理職とは部下から学び、部下に育てられる存在である事を、深く心に刻み込んで欲しい。 |
